家族のあり方を考える
閉じこもり体験を通して 子から見た家族
宮崎 真意子
私は、10代後半から20代前半にかけて、心を閉ざし、自宅に引きこもった時期がありました。人にどう思われるかが怖くて自分を思うように表現出来ない、だから人と会うのがしんどい、そういう自分が大嫌い。そんな心の堂々めぐりを繰り返していました。
私の父は開業医で、性格は気難しく生真面目、照れ屋で口下手、また「子育ては母親の仕事」といった男尊女卑的な価値観を持った人でした。母は、教育ママタイプで、そんな父に正面から意見を言っては喧嘩になり、暴力を振るわれていた事もあります。
また、男子を何より大切に思う家父長制的な価値観の家で、兄への両親の関心度は高く、私はずいぶんな男女差を感じたものです。兄には、父母の全面的な関心が注がれ、全く同じだけの関心が欲しかった私は、常に兄を意識しながら、親の価値観には合わない本来の私を否定するようになりました。それでも父は、結局仕事人間で、私には無関心。病気になった時だけは優しく関心を向けてくれるので、私は無意識に父の関心をひくために病気になっていたのかもしれません。
学校へ行けなくなり、体もだるく本当に無気力になって引きこもった頃、まず母が、自分の意見を言う前に私の話を聴いてくれるように変わっていきました。母が私を受け入れてくれたのは、精神科のお医者さんとカウンセラーの方のアドバイスが大きかったような気がします。アドバイスの内容はお二人とも同じ、「今は、娘の気持ちを大切にし、学校に無理に行かせないこと」でした。母は、「“学校に行け、行け”ばかり言っていたね」と私に言いました。私は生まれて初めて、「とにかく私は、この家に居てもいいんだ」という安心感を得ました。
母の私に対する態度が変化して、今まで言えなかったしんどさを話せるようになりました。時には感情的になりつつも、深夜まで母は話を聴いてくれました。そのおかげで、対人緊張や体の辛さがありながらも、少しずつ私の思う行動が出来るようになっていきました。母の対応の変化がなければ、私はもっとひどい状態になっていたと思います
でもまだ父とは会話は出来ず、父からの理解をあきらめた時期もありました。しかし、やはり頑張りすぎて体を壊し、再び自分を責めるパターンに陥った時、私のこれまでの気持ちを整理し手紙に書く決心をしました。それは以前、私と同じような体験をされた方の詩を読んだときに、「言葉によって自分の気持ちを表現できる」素晴らしさを実感したからです。詩を書いた人と心が通じたと感じました。それで私もとりあえず書いてみると、一気に書くことが出来ました。書き終わるとすっきりして、心が落ち着いてきました。
手紙の前半は、私が幼い頃から溜め込んだ両親(特に父)への感情で、まさに「非難」でした。しかし、書くうちに、失敗した自分の頭を叩く父の姿や、口下手なところ、冗談が通じないところなど、嫌いで仕方がなかった父の姿が自分とそっくりなことに気づきました。父への感情は、「非難」から、「父自身もそうせざるを得なかったんだ」という理解へ変わっていきました。書いた手紙を、勇気を出して渡すと、母は、「真意子がなぜ辛く、苦しく、しんどいのかよく分かった」と言い、泣いて謝ってくれました。父も「もう一度育てなおすことができれば」という返事を書いてくれました。
しかし、父はその後も以前と変わらず、疲れていると会話さえしない無関心な父の態度のままでした。私はそれに耐え切れず、自分をたたいて泣きわめきました。
その時です、父が「なにがあったんや。言ってくれ。」と、涙を流してただずっと横に居てくれたのです。
「今のままの私でいいよ」という父からのサインを、頭ではなく全身のアンテナで感じ取った瞬間でした。聞いて欲しいけど表現できない私が、「自分の率直な気持ちを伝えていいんだ」と初めて感じました。
今考えると、父も娘にどう接していいか分からなかったのでしょう。手紙の返事も書いたし、もうこれでいいと思っていたのかもしれません。私自身も、「父にはどうせ私のことを理解してもらえない。何を言っても分かってもらえない」という先入観があったように思います。しかし、この先入観を持ったのは、家族の中で自分の気持ちを伝えそれを受け止めてもらうという経験がなかったからです。
子どもは、自分を丸ごと親に受け入れてもらえた体験が大きいほど、自己肯定感が増え、揺るがない心の土台がしっかり出来ていきます。この土台は他者からの評価に恐れることなく、自分を世界に表現し、自己実現していくための自信です。子どもが、少しでも心を開いて話しかけてきた時に、親が自分の考えを一旦横に置いて「そう思うんやね」ととにかく受け止め、ただ聴いてあげることができたら、閉ざされた心がゆっくりと開きはじめると、私の体験から確信しています。なんでも自由に話せる関係と、受け止めてもらえる安心感があれば、子どもはどんなに傷ついても本来の自信を取り戻し、人生を創っていけるのではないでしょうか。
